労使トラブル110番
業務上の過失事故で労働者に請求できる損害賠償請求の限度
Q
従業員が業務で車を運転しているときに、お客様の建物に損害を与える事故を起こしました。
保険で賄える限度額を500万円程度超えており、その超過額について会社と本人とで負担する予定です。
当社の就業規則(自動車運転規程)では、会社と本人が半額ずつ負担するとなっているのですが…。
A
労働者の損害賠償責任とその制限
労働者が仕事上のミスにより使用者に損害を与えた場合、使用者に対して民法上の損害賠償責任を負うことがあります。
大きく分けると2つのパターンがあるでしょう。
第一は、労働者の加害行為から、直接使用者に損害が生じる場合です。
たとえば、労働者の不注意によって商品や営業用器材が損傷・紛失したり、取引上の損失が発生するようなケースです。
第二は、労働者の加害行為により、使用者以外の第三者に損害が生じる場合(労働者のミスにより仕事上起こした交通事故など)です。
使用者は損害を受けた第三者に損害賠償責任を負い、その負担を直接の加害者である労働者に求償する権利を持ちます(民法715条3項)。ご質問の例は第二のパターンです。
損害賠償責任(又は求償責任)を負うからといって、賠償額の全額を労働者が負担しなければならないわけではありません。
信義則(民法1条2項)による減額が行われるのが通常です。
労働者と使用者の経済力の差は歴然としており、かつ、使用者は労働者の活動から利益を得ているのだから、そこから生じるリスクも負担すべき(報償責任)という考え方から使用者と労働者の公平な負担を図るべきとされています。
モデル裁判例~茨城石炭商事件
最高裁(昭和51.7.8)まで争われたこの事件は、石油等の輸送、販売を業とする会社の従業員が、業務としてタンクローリーで重油を輸送中に、車両間隔不保持・前方不注意が原因で他社の車両に追突する事故を起こしたのに対して、会社が支払った車両修理費と相手方への損害賠償額を労働者に請求し、争いとなった事件です。
判決は、労働者に請求しうる額は損害額の4分の1を限度とすべきであるとしました。
また、判断の一般的基準として次の点が示されました。
●事業の性格、規模、施設の状況
●労働者の業務の内容、労働条件、勤務態度
●加害行為の態様(故意・過失の程度)
●加害行為の予防若しくは保険等の損失の分散策
●その他諸般の事情を広く考慮
この事件では、
①労働者は普段は小型貨物自動車の運転を行っておりタンクローリーは特命により臨時的に乗務していたこと、
②会社は経費節減のため対人賠償責任保険にのみ加入し対物賠償責任保険及び車両保険には加入していなかったこと、
③労働者の給与額・勤務成績は普通以上であった点などが考慮されているようです。
最高裁判決以降の下級審裁判では、この判断基準に基づいた判決が出されています。
消費者金融会社における内規違反の貸付によって生じた損害につき、厳しい営業目標管理の存在や使用者が全国有数の事業者であることを考慮して賠償額を10分の1とした株式会社T(債務引受請求等)事件(東京地裁・平成17.7.12)、中古車販売会社の店長が取引先にだまされて生じた損害につき、店長の重過失を認めつつ、諸般の事情を考慮して賠償額を2分の1としたガリバーインターナショナル事件(東京地裁・平成15.12.12)、
売上代金の請求書作成を怠ったことによる損害につき、過重労働の存在、再発防止措置の不十分さ等を考慮して賠償額を約4分の1としたN興行事件(東京地裁・平成15.10.29)などです。
なお、加害行為の具体的事情によっては、まったく減額が行われない場合もあります。
以上からわかるように、個別の案件ごとに労働者が負担する賠償額は判断されるべきものですから、「負担額を会社と労働者が半額ずつ負担する」という就業規則の定めは機械的な規定でありあまり適切ではないと思われます。
もちろんあらかじめ損害賠償額を定めておくような規定は、労働基準法16条により禁止されている「賠償予定の禁止」に該当することになります。
賠償額の給与からの天引きには注意
賠償額について本人と合意(又は裁判で確定)した場合に、その金額を一方的に給与から天引きすることは労働基準法24条1項の「賃金全額払の原則」に違反することになりますので注意してください。
労働者の「自由な意思に」による同意があった場合に限って給与からの控除が許されるという扱いになっています。
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