労使トラブル110番
安易な勤務時間の変更は変形労働時間制の不適切運用になりかねない
Q
建設業で、月によって繁閑の差が激しいため、1年単位の変形労働時間制を採用しています。始業時間が8時になることもあれば、6時になることもあり、シフトの運用に苦慮しています。変形労働時間制をとっている場合でも、途中でシフト変更したり、始業・終業時間の繰上げ・繰下げをすることは可能でしょうか。
A
変形労働時間制の原則
労働基準法は、法定労働時間を週40時間、1日8時間と定め、これを超える労働は36協定を締結・届出し割増賃金を支払わなければならないとしています。ところが、業種によっては、連続した労働や交代制勤務を行わざるを得ないケースも存在するため、1ヵ月、1年などの一定期間について、平均して週40時間を超えない範囲で、一時的に法定労働時間を超えて配分することを認めています。これを変形労働時間制といいます。
変形労働時間制は労働者に不規則な労働を強いる制度であるため、変形期間の各日ごとの就労日と休日、就労日ごとの勤務時間をあらかじめカレンダーで定め、事前に労働者に周知することを義務付けています。そして、カレンダーで特定された勤務割を、使用者は恣意的に変更することは許されません。
振替、繰上げ・繰下げ等が認められるためには
そうはいっても、顧客の要望などによって、急きょ勤務割を変更して、振替や代休で対応せざるを得ない場合もあれば、始業・終業時間の繰上げ・繰下げをしなければならない場合も現実には発生します。変形労働時間制における勤務割の変更がどこまで認められるかは、法的に細かく定められているわけではなく、裁判例を参考にすることとなります。
JR東日本事件(東京地裁平成12.4.27)やJR西日本事件(広島高裁平成14.6.25)においては、こうした勤務割の変更を例外的限定的な事由として認めており、その条件として「変更の予測が可能な程度に具体的な事由を(就業規則等で)定めておく必要がある」としています。
最近のヤマト運輸事件の裁判では
ヤマト運輸の未払い残業問題で労働基準監督署は何回か是正勧告し、ヤマト運輸は過去にさかのぼって全従業員分の未払い残業を支払うとしています。一方、これとは別に元ドライバー2人による未払い賃金をめぐる労働審判も争われ、この3月に調停が成立しています。この労働審判では、会社の提示額が72万円、90万円、労働者側はその3倍以上の300万円程度を要求。結果として労働者側の要求額を受け入れる高い水準での合意額となったようです。
なぜ会社側の主張が認められなかったのでしょうか。同社は1ヵ月単位の変形労働時間制を採用していましたが、あらかじめ法定労働時間を大幅に超える220時間を超えるシフトが組まれていたり、月の途中で頻繁にシフトが変わっているなど、変形労働時間制の不適切な運用がなされていました。裁判官は変形労働時間制の運用が「不適切である」と心証開示したようで、その結果、労働者側の要求額が基本的に認められる合意となったのです。もしヤマト運輸全体として変形労働時間制の不適切運用があったと認定されれば、現状よりもさらに莫大な残業未払いとなります。変形労働時間制の運用には注意深く当たる必要があるのです。
変形労働時間制における残業計算の留意点
なお変形労働時間制における残業代計算は次のルールで行うこととなっています。
①1日単位の計算…勤務割で示された日が8時間を超えている日(例えば10時間)はその時間(10時間)を超えた時間、勤務割で示された日が8時間を下回る日(例えば7時間)は8時間を超えた時間が割増賃金の対象となります。
②週単位の計算…勤務割で示された週が40時間を超えた週(例えば45時間)はその時間(45時間)を超えた時間、勤務割で示された週が40時間を下回る週(例えば35時間)は40時間を超えた時間が割増賃金の対象となります。週単位でカウントした時間外労働の時間から、1日単位でカウントした時間外労働の時間をマイナスします(ダブりをはじくこと)
③変形期間全体の計算…変形期間(例えば1ヵ月、1年など)全体の時間外労働の計算をします。変形期間全体の法定労働時間(1ヵ月単位であれば31日の月は177.1時間など)を超えた時間外労働を計算し、②で計算した時間をマイナスします(ダブりをはじく)。
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