労使トラブル110番
合併に伴う労働条件の変更が「有効性のない不利益変更」とされる範囲
Q
この度、数社の関連会社が合併することとなり、それに伴って労働条件の統一の必要性が生まれています。
そのうちの1社数名の従業員が、「基本給と退職金が下がるので納得できない」と主張し、労働組合も反対の態度をとっています。
具体的な条件は次のようになっています。
①基本給は若干下がるが、
②それを上回る一時金額が保障されている、
③退職金は下がるが、
④年収がアップするため、一人ひとりの生涯賃金でみれば増額となる、
⑤所定労働時間は1日あたり10分弱、1ヵ月あたり1時間強の短縮となる。
A
賃金額の変更の重大性
労働条件のうち、労働者にとって最も基本的で重要な労働条件とされるのは賃金です。
賃金とは、労働基準法11条で、「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」と定義され、基本給や賞与だけでなく、退職金規程で支給条件が明確である退職手当も賃金に含まれます。
就業規則の変更によって賃金が労働者にとって不利益に変更する場合、裁判上も労働者の受ける不利益の程度は、その他の労働条件の不利益変更に比して大きいとされており、その不利益の程度を労働者に受け入れさせるだけの「高度の必要性に基づいた合理的な内容」でなければ効力は生じない(就業規則の変更は無効となる)とされています(大曲市農業協同組合事件、第四銀行事件における最高裁判決)。
合併に伴う労働条件の統一
一方、企業の合併に伴い労働条件を統一することについては、一般に「労働条件の統一的、画一的処理の要請があり、旧組織から引き継いだ従業員相互の格差を是正し、単一の就業規則を作成、適用する」という「高度の必要性がある」とされています(前掲、大曲市農業協同組合事件)。
この事件は、農協の合併に伴い、労働条件を統一するにあたり、一部の労働者について退職金の支給倍率が低減されてしまったという事案です。
最高裁は、「支給倍率の低減は見かけほどは低下していない」「金銭的に評価しうる不利益はそれほど大きなものではない」と評価しました。
ただ、高裁の判断は、この点を大きな不利益として判断していますから、賃金に関する不利益については慎重な判断が求められることは間違いありません。
代償措置はどうであるか
また、大曲農協事件においては、新規程への変更に伴い、給与調整が行われ、休日・休職や諸手当、旅費などの面で有利な取扱いを行い、定年も延長されています。
これらの措置は、退職金の支給倍率の低減に対する直接的な見返り・代償ではないものの、一定の格差是正措置として評価された事情になっています。
労組との交渉の留意点
以上の最高裁の判断も参考にしていただき、労働組合との誠実交渉に臨んでいただくことが大事と思います。
労働組合法第7条の団交に応ずる義務の中には、誠実交渉義務も含まれるとされており、誠実交渉とは、具体的な根拠数字も説得力ある形で示して、繰り返しの交渉に応ずる義務のことです。
例えば、基本給、退職金が減額である一方で、それを上回る一時金額を支給すること、生涯賃金では基本給、退職金減額を上回る賃金が保障されていること、また、時間短縮との関係で時間当たりの基本給額が減額であるのか増額であるのかも詳細な計算をして示すべきでしょう。
賞与・退職金の扱いに関する留意点
今回のご相談とは直接かかわりがありませんが、賞与や退職金などの個別の賃金の削減に関する扱いについて留意すべき点があります。
賃金が「労働の対償である」という意味は、就業規則などで定める支給額の決定手続きや労使慣行などで支給額が確定し、具体的請求権が発生する場合を指しているということです。
賞与についていえば、就業規則などに「年2回業績に応じて支給する」等の規定が定められているのみであれば、業績不振などを理由とする賞与の削減を行ったとしても不利益変更ではありません。
退職金も、退職金規程があってはじめて請求権が発生するものであり、就業規則で定めがない場合、あっても「功労に応じて支給することがある」という任意的恩恵的給付という性格を持っている場合には具体的請求権が発生せず、退職金を支給しなかったとしても不利益変更とはなりません。
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