労使トラブル110番
賃金体系の変更について労働組合との合意がなかなかできない
Q
弊社では、従来、一定の試験に合格した者に対して毎月の給与に手当として支給しておりましたが、今後合格者に対しては一時金を支給し、毎月の給与に対する手当としては廃止する方向で、労働組合に提起しております。
労働組合は、「今まで出していた手当を基本給に上乗せして支給すべき」という見解で、いまだ合意に至っておりません。
どのように対応すべきでしょうか。
なお労働組合の組織率は9割程度です。
A
就業規則による労働条件不利益変更の判例
ご質問のような就業規則で定められた賃金体系などの労働条件の変更を行うことによって、労働者のすべてまたは一部が不利益を被る場合に関しては、最高裁の秋北バス事件判決(昭和43.12.25)、第四銀行事件判決(平成9.2.28)がリーディングケースとされています。

≪秋北バス事件最高裁判決≫
おもうに、新たな就業規則の作成又は変更によって既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきであり、これに対する不服は、団体交渉等の正当な手続きによる改善にまつほかはない。
≪第四銀行事件最高裁判決≫
当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい(特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関しては)、合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種条項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。
これらの最高裁判決の法理は、のちに労働契約法第10条に立法化されました。
検討すべき事項
上記の判例法理を基準にすると検討すべき事項がいくつかあります。
1.労働者が被る不利益の程度は毎月の給与額から手当が廃止されることによる給与減です。
一方、資格を維持するための経費等の補てんなどは考慮の余地のある課題でしょう。
2.多分、手当を廃止する理由は、取得した資格をどう日常業務で発揮するかに重きを置くという経営陣の考え方が根本にあるように思われます。
だとするならば、貴社で運用されている人事制度・評価制度における能力評価項目の中に、「資格を生かした業務の遂行」に関する項目があろうかと思われます(なければ追加することも含めて)。
そうした制度運用の中でいかに基本給に反映されるのかという道筋を示すことが大事だと思います。
3.同業他社における手当の扱いがどうなっているのかも調査して、制度変更に関する合理的な説明ができるようにしておくことも大事です。
4.以上の諸点を明確にすることにより労働組合との交渉を積み重ねて合意を得る努力を行ってください。
なお、合意できた場合に非組合員の対策をどうするのかも検討しておいた方がいいでしょう。
労働組合法第17条は「一の工場事業場に常時使用される同種の労働者四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるものとする」と定めていますから、一般的には多数派組合との合意があれば労使間の利益調整はなされたものと一応推測されます。
しかし、多数組合が合意しても特定の層に不利益が大きくもたらされる場合にはその効力は否定されるという裁判例もありますので、労働組合との合意が成立した後に、非組合員労働者との間で個別に合意書を取り交わすべきでしょう。
>>関連相談「合併に伴う労働条件の変更が「有効性のない不利益変更」とされる範囲」
>>就業規則や賃金制度の整備実績多数。ご相談ください。