労使トラブル110番
競業避止義務と職業選択の自由
Q
部長職だった人間が退職後同業他社に就職し、弊社の顧客にアプローチしたり、弊社にいた時代に知り得た情報をもとにさまざまな営業活動を行っています。こうした行為に対して何か手立ては打てるのでしょうか。
A
【競業避止義務は信義則上の義務】
労働契約は、使用者と労働者との間の信頼関係が基礎となる契約であることが特徴です。労働者は職務専念義務を課され、使用者はそれに対して賃金支払義務を負うという基本的な契約関係に加え、労働者は、信義則上の付属義務として、使用者の利益を不当に侵害してはならないという義務(誠実義務)を負っており、その中には競業避止義務、守秘義務も含まれています。
競業他社に会社の情報を流出させたり、競業他社を設立あるいは就職し、その結果、顧客を簒奪するなどの場合に、それを規制することや場合によっては懲戒処分、損害賠償請求なども可能となります。
【職業選択の自由との関係】
一方、労働者には職業選択の自由という憲法で保障された基本的権利があります。それとの関係で、競業避止義務も機械的一律に課すことはできず、一定の限度の範囲に限られなければなりません。裁判例などによると、次のような条件、限度の範囲があるとされています。
①保護に値する秘密の有無
②労働者の地位・職務
③競業禁止の期間、地域、対象職種
④代償措置の有無
上記①の「保護に値する秘密の有無」については、使用者が保有する特有の技術上または営業上の情報と、勤務していれば通常取得できる一般的な知識・経験とでは当然違ってきます。②の「労働者の地位・職務」が一定の役職者であるのかそうではないのか、部署が機密情報を扱う部署なのかそうではないのかによっても判断が違ってくるでしょう。
「競業禁止の期間」を退職後1年間とするのか、5年間とするのかによっても、職業選択の自由をどこまで制限できるかという判断の重要なポイントになりますし、「(競業禁止の)地域」を限定して規定しているのか、それとも全国どこでも禁止しているのかも職業選択の自由の制限をどこまで課せるのかという問題にかかわります。
労働者は退職後何らかの職業を選択し、生活していかなければなりません。一般的には前職での知識・経験を生かして同業で就職するのが近道です。それを制約するとなれば、生活を支えていけるだけの退職金などの「代償措置」の内容が問われるでしょう。労働者の退職に至る経過にもよりますが、判断ポイントの一つとなります。
【警告書を発するところから始めることも】
ご相談のケースの場合、たしかに部長職であった者が、その役職であったが故に知り得た顧客情報をもとに同業他社で仕事をしているように見受けられます。これが事実であるかどうかを証拠として確定するところから始めた方がいいと思います。確定していない事実をもとに行動すると、逆にしっぺ返しを受けることにもなりかねません。もし事実を確定した場合には、実損がある場合には損害賠償請求権、退職金の一部返還請求などを行うことも可能性としてあり得るでしょう。
その確定度合いにもよりますが、とりあえず今後の被害を食い止めるために、「警告書」を相手に送付することから始めてもよいように思います。
【就業規則等の整備を】
今後の問題としては、こうした事態を避けるために就業規則等の整備を検討すべきです。主なポイントとしては、
①服務規律規定に競業避止規定を盛り込む
②懲戒規定に競業避止義務違反に対する処分について盛り込む
③退職金規定にも同様の趣旨を盛り込む
④入社時あるいは退職時に、競業避止に関する「誓約書」を取り交わす