労使トラブル110番
異動における人事権の濫用とみなされる場合とは
Q
この間、3名の労働者の異動案件を抱えています。
1人目は本人の希望による異動で、それに伴って役職も降りることになります。
2人目は、会社として異動させる、かつそれに伴い役職の解任を伴う案件です。
3人目は、この間産休・育休に入っていた方が復職される案件で、産休に入る前に就いていた役職を他の方がすでに担っており、復職後就く役職がないため困っているという例です。
人事異動に伴うこれらの措置に関する留意点を教えて下さい。
A
【一般に異動は人事権に属する】
人事といった場合、異動(配置転換)、出向(在籍出向)、移籍があります。このうち、出向は就業規則等に出向に関する規定があり、過去に出向がしばしばあるような場合は、労働者との間で出向に関する基本的合意があるものとみなされ、使用者は比較的裁量の範囲で自由に行うことができるとされています。これに対して移籍は、会社を辞めさせ、他の会社に籍を移すことですから、労働者との合意(自由な意思での合意)がなければできません。
では異動・配置転換はどうでしょうか?会社を経営していれば、どの部署に人手が不足しているかとか、経営上どの部署を強化する必要があるかなどをその都度判断する必要があり、それに伴う人事異動は日常的な業務として広く使用者に裁量権が認められています。
【人事権の濫用とみなされる場合】
しかし、裁判例等から異動が人事権の濫用とみなされる場合があることに留意する必要があります。次のようなケースです。
① 職種特定の合意があった場合
② 業務上の必要性がない場合
③ 命令に不当な目的がある場合
④ 労働者に通常受忍すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合
①のケースは、労働契約で職種特定を合意している場合とか、国家資格をもって採用された者などが該当します。職種を特定されて採用された者に職種変更を命じる権限は原則としてありません。もちろん特定された職種を遂行する能力に問題があり、その職種のままでは解雇せざるを得ないなどの事情があるときは、合意の上で職種変更するときはあり得ることですが、それは特殊な事情によるものです。
②のケースは、業務上の特段の必要性がなく、その従業員を異動させる特段の合理性もないとして異動が否定された裁判例などがあります。
③のケースでよくあるのは、使用者が労働組合を敵視するため行われるような異動です。
【「受忍すべき程度を著しく超える不利益」とは】
④に該当するかどうかはまさにケースバイケースとなります。異動の中でも転勤を伴うか伴わないかは大きな違いがありますし、役職の低下または廃止、給与減を伴うかどうかでも違ってきます。
転勤を伴う場合では、最高裁の東亜ペイント事件(昭和61.7.14)判決がリーディングケースとなっています。判決では、「会社の労働協約及び就業規則には、…業務上の都合により従業員に転勤を命じることができる旨の定めがあり、…全国に十数ヵ所の営業所を置き、その間において従業員、特に営業担当者の転勤を頻繁に行っており、…労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する合意はなされなかったという前記事情の下においては、上告会社は個別的同意なしに被上告人の勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権利を有するものというべきである。」と転勤を肯定しています。
役職及び賃金の低下等を伴う場合でも、それが合理的理由があるのか、本人との合意があるのか、賃金低下の緩和措置の有無等を総合的に考慮されることになるでしょう。
【産休・育休明けの復職に伴う「不利益取扱い」の禁止】
ご質問の3人目のケース(産休・育休明けの役職廃止)は、辞めるべきでしょう。ご承知のように、2014.10.23最高裁判決では、男女雇用機会均等法9条3項の「妊娠、出産、産休の請求、産前産後の休業(育休含む)又は軽易業務への転換等を理由として解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」という条文は「強行規定(当事者が合意しても変更できない規定)」であること、この場合の「理由として」の解釈も形式的に「他の理由がある」というという理由付けは許されず、「(産休・育休等を)契機として」行われた措置をいうとされました。したがって、厳格な判断が求められ、よほどの事情がない限り違法な措置とされます。