労使トラブル110番
退職届は撤回できるのか?
Q
ある問題を起こした従業員が退職届を上司の机の上において帰宅しました。当該上司は、翌日になってはじめてその退職届を見て、本人に意思の確認を行ったところ、「撤回します」と言ってきました。
会社としてはむしろ退職してもらった方がいいと思っていたのですが、退職と扱うわけにはいかないのでしょうか。退職届は撤回されたと判断すべきなのでしょうか。
A
【「退職届」と「退職願」とは別物と判断できるか】
合意退職をめぐるトラブルの一つとして、一度提出された退職届を撤回することができるかという問題があります。その際、労働者から提出されたものが「退職届」の場合は「辞職の意思表示」であり、「退職願」の場合は、「お願いであり、相手の承諾を前提としているので、合意退職の申込みである」という説明がなされ、したがって一度提出された退職届は撤回できないという考え方があります。
しかし、退職届と退職願という記載形式だけで法律上の効果が違うというのは疑問があります。もともと使用者もそういう判別ができていませんし、まして労働者はそれが辞職の意思表示になるのか、合意退職の申込みになるのかということを意識していないのが大半です。
労働者が、「どんなに慰留されても退職の意思は変わりません」と特別の意思表示をしている場合はさておき、いずれの記載形式であっても原則として合意退職の申込みととらえて対応することが円満な解決の道と考えてください。
【退職の申込みの承諾によって退職が確定】
合意退職の申込みに対しては、使用者による承諾の意思表示を労働者に伝えて初めて退職が確定することになります。ということは、使用者の承諾の意思表示が労働者に到達するまでは、退職届を撤回することができるということです。逆に承諾の意思表示が到達するまでは退職届の撤回は可能ということになります。
では、承諾する権限は誰にあるのでしょうか。通常、労働契約の締結(採用)の権限を持っているのは、社長です。企業規模が大きくなると、人事部長や支社長に権限が付与されている場合があり、その場合にはその権限を付与された者も承諾権者となり得ます。
ご質問のケースでは、退職届を上司が見たのが翌日であり、その上司が社長なり承諾権限のある者に報告し、承諾権者から承諾の意思表示がされる前に、労働者が撤回したという経過ですから、撤回は有効ということにならざるを得ません。
【信義に反する特段の事情】
以上は一般的な考え方ですが、ご質問のケースでは、「ある問題を起こした従業員が」退職届を提出したとあります。どのような問題を起こしたのかは不明ですが、仮に退職届提出の経緯や動機が、就業規則上あるいは法律上看過できないような問題を起こした場合であったとするならば、別途検討が必要でしょう。退職届を認めるかどうかよりも、懲戒処分等の検討が必要な場合もあります。
また、労働者が退職届を提出後、会社がその承諾のための手続きがかなり進行しているような場合とか、退職届の提出後、会社が人員不足のため採用手続きを始めているのを知っていながら退職届の撤回を申し入れてきたというような場合などは、信義に反する特段の事情があるとみなされ、退職届の撤回が認められないと判断される場合があります。
【錯誤・強迫を理由とする取消し】
しばしば、会社が退職届をとりたいと思うあまり、解雇事由がないにもかかわらず、「退職しなければ解雇しかない。解雇となれば再就職にも不利だし、退職金も支給されない」などと強迫行為を行う場合があります。その結果、労働者は「それならば解雇よりも退職の方がいい」と退職届を提出してしまうわけです。
しかし、後日、労働者から「あの退職届は脅迫されて提出したもので、意思表示に瑕疵があった」と取消しを主張される場合があります。くれぐれも事実にもとづかない理由で、解雇とか退職金不支給をちらつかせるようなやり方は取らないでください。
