労使トラブル110番

期待外れの中途採用者の給与を大幅に下げたいが…



Q
取引先の紹介で、非常に優秀と言われている者を採用したのですが、まったく期待外れでした。
本人と契約した給与額を大幅にダウンさせたいと考えていますが可能でしょうか?



A

【降給を想定していない就業規則が多い】


企業の就業規則(給与規程)には、「昇給」という項目はあっても、「降給」という項目がない例が意外と少なくありません。
その理由は、労働基準法89条2号における就業規則の絶対的必要記載事項の規定で、「昇給」に関する事項はあげられているものの、「降給」については規定していないという背景があります。
また、労働契約法12条は、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。
この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による」としていますから、なかなか給与ダウンしづらいという問題があります。

また、理由のない労働条件の一方的な低下は、労働条件の不利益変更の問題として、労使トラブルの原因ともなるでしょう。

こうしたトラブルを避けるために、就業規則(給与規程)では、「昇給」だけでなく「降給」の項目を設けるか、あるいは昇給とか降給という書き方ではなく「給与の改定」という項目とし、そこにどういう場合に降給となるのかをなるべく具体的に記述しておいた方がいいでしょう。


【降格には性格の違う2種類のものがある】


そこで、ご質問のようなケースは、中途採用が増えている最近の状況から今後増えていくと思われます。
管理職扱いで採用したが、管理職としての能力がなかったというような場合にどう対応するかです。

降格には法律的意味の違う2種類のものがあります。

一つは、役職や職位を引き下げる降格で、昇進の反対を指す場合です。
中途採用者を管理職で採用したとか、管理職が務まるものと昇進させたがとてもその能力がなかったというような場合です。
この役職や職位を引き下げる降格は、就業規則に特に規定していなくても、労働契約の内容に当然含まれるものとして、使用者に決定権があるとされています。
使用者の権限の行使は、組織人事上の問題として、経営上の裁量的判断が尊重されるという考え方です。
裁判例でも、「役職者の任免は、使用者の人事権に属する事項であって使用者の自由裁量に委ねられており裁量の範囲を逸脱することがない限りその効力が否定されることはないと解するのが相当である」(エクイタブル生命保険事件、東京地裁平成2.4.27)としています。

なお、この場合でも「裁量の範囲を逸脱することがない限り」とあるように、権利の濫用となる場合があります。
①業務上・組織上の必要性の有無・程度、
②能力・適性の欠如等の労働者側の帰責性の有無と程度、
③労働者の受ける不利益の性質及び程度、
④企業における昇進・昇格の運用状況

などから総合的に判断されます。
例えば④については、部長や課長などの昇進を引き下げる場合と、係長やリーダーなどの昇進を引き下げる場合とでは、判断の慎重さが違ってくることがあります。
会社の人事政策として、部長や課長への昇進は明らかに部・課をまとめる役職への昇進という位置づけを持っているが、それと違い係長・リーダーへの昇進は処遇面での昇進という側面が強いといった場合、係長・リーダーからの降格はより慎重でなければなりません。

もう一つの降格は、職能(あるいは職務)資格制度上の降格です。
就業規則等においてこうした人事等級制度が規定され、その等級制度の運用のなかで等級がダウンすることの結果とし給与もダウンするというものです。
この場合でも、
①制度が就業規則に規定されていること、
②制度が従業員に周知されていること、
③人事考課が適正に運用されている、
④人事考課の結果に対して適正な処遇であること

などが問われ、そこから逸脱するとこれも権利濫用と判断される可能性があります。

以上の2種類の降格措置の制度とその適正な運用の範囲で、降給の検討をすることになります。




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