労使トラブル110番
「労働時間の把握義務」の不理解と
是正勧告の例
最近、労働基準監督署から是正勧告を受け、それに対して虚偽の報告を行ったり、その後全く改善されていないことが判明し、書類送検、企業名公表などの措置が取られるケースも少なくありません。
最近の実例をもとに、是正勧告への対応の教訓などについて書きます。
【ある是正勧告の例】
是正勧告書の指摘事項
●労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間等の法定事項を書面の交付により明示していないこと。(労基法第15条第1項、労基則第5条)
●常時10人以上の労働者を使用しているにもかかわらず、就業規則を作成し、所轄労働基準監督署長に届け出ていないこと。(労基法第89条)
●賃金台帳を調整していないこと。(労基法第108条)
●時間外・休日労働に関する協定を締結し、これを所轄労働基準監督署長に届け出ていないにもかかわらず、法定労働時間を超えて、法定休日に労働させていること。(労基法第32条第1項・第2項、労基法第35条第1項)
●時間外労働に対して2割5分、休日労働に対して3割5分以上の率で計算した割増賃金を支払っていないこと。不足分については平成29年〇〇月〇〇日から遡及して支払うこと。(労基法第37条第1項)
指導票の指摘事項
●労働基準法に、労働時間、休日、深夜業等についての規定が設けられていることから、使用者には労働時間を適正に把握する責務があります。
貴事業場においては、タイムカードによって労働時間を管理していますが、直行直帰などの場合に始業時刻又は終業時刻を把握しておらず、労働時間を適正に把握しているとは認められない状況にあります。
つきましては、別途お渡しするリーフレット「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」に基づき、適正な労働時間の把握方法を検討いただき、その結果、採用することとした労働時間の把握方法及び当該把握方法を実行後1ヶ月間の労働時間の管理の状況について平成30年〇〇月〇〇日までに、労働時間記録、賃金台帳を添えて報告してください。
●…年次有給休暇の取得状況を把握できるよう、体制の整備を図ってください。
法定書類の日常的整備、届出は必須
例にあるように、
①雇用契約書の締結(又は労働条件通知書の交付)、
②就業規則の作成・届出、
③賃金台帳・タイムカード(又は出勤簿)の整備、
④36協定の締結・届出
などの法定書類を日常的に整備し、必要な届出を行うことは大前提です。
雇用契約書の締結(又は労働条件通知書の交付)については、新しく雇う人はもちろんすでに雇用している人も改めて「書面を交付」するように指導されますので注意して下さい。
36協定は有効期限切れとならないよう、原則として毎年の届出が必要です。
また、「1ヵ月45時間、1年間360時間」の限度時間を超える場合は、特別条項付きの36協定の締結・届出が必要です。
特別条項の書き方は厳しくチェックされるので、以下の例を参考にして下さい。
----------------------------------------
一定期間の延長時間は1ヵ月45時間、1年360時間とする。
ただし、〇〇〇〇のときは(注:延長する理由を書きます)、労使の協議を経て、〇回を限度として(注:年6回以内の回数を書きます)、1ヵ月〇〇時間、1年間〇〇〇時間までこれを延長することができる。
なお、延長時間が1ヵ月45時間を超えた場合の割増賃金率は〇〇%(中小企業の場合は、当面25%以上の率でかまいません)とする。
----------------------------------------
労働時間の把握義務の理解をめぐって
最大の問題は日々の労働時間の管理です。
これがあいまいだと残業代未払いが指摘され、初回の是正勧告では通常過去3ヵ月遡及して支払うよう勧告され、労働組合などが絡んだケースでは2年間遡及して支払うよう勧告されたりします。
勧告例では、「直行直帰などの場合」の把握について指摘されています。
経営者はよく「ちゃんと報告してこない(奴が悪い)」と言いますが、「ガイドライン」は使用者に把握義務があると明記しています。
直行直帰などの場合も、必ず報告を求める、当日わからなければ翌日従業員に聞き、タイムカード・出勤簿等に記入する、こうした積み重ねによって労働者も報告することが習慣となるのです。
労働基準監督官は一人ひとりが独立行政官であり、同時に司法警察としての権限も持っています。
「悪質」な会社だとみなせば書類送検する例も珍しくありません。
そして、書類送検だけでなく、マスコミに発表されたり、厚労省ホームページに1年間公表するなどの措置が取られると経営にとって大きな痛手となりかねません。