労使トラブル110番

賃金からの控除の仕方と控除額の限度



Q
弊社では賃金からの控除について、労働協約で労働組合費等の控除を定め、労使協定で旅行積立金等の控除を定め、就業規則で社内融資制度や資格取得援助費の返済に関する控除を定めています。
こうした定め方は問題ないのでしょうか。


A

賃金全額払いの原則と控除の仕方

 
労働基準法第24条第1項では賃金の支払いの原則、とりわけ全額払いの原則と認められる賃金からの控除について次のように規定しています。

賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。
ただし…①法令に別段の定めがある場合②又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数を組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。(①②は筆者による)



賃金は労働者の生活を保障するものですから全額を支払うのが原則です。
賃金から控除できるものは、
①法令に定めのあるもの(所得税、住民税、雇用保険料、社会保険料など)と、
②労使協定により控除すると定められたものに限られるとしています。
ただし、賃金控除に関する労使協定は免罰効果(罰を免れる)を持つということにすぎませんから、実際に給与から控除する効力を持たせるためには就業規則等での定めが必要であることに気を付けてください。
また、労働協約による控除の定めはあくまでもその労働組合員だけに効力を持つのであり、やはり労使協定での定めが必要です。  
貴社の場合、労働協約、労使協定、就業規則でバラバラに規定しているようですが、労使協定で控除項目を定め、かつ、就業規則(給与規程)で「労使協定で定めたものを賃金から控除する」と規定するようにしてください。


控除額の限度は

 
では、労使協定で定めさえすればなんでも、いくらでも賃金から控除できるのかというと、そうではありません。一定の制約があります。  
制約の第一は、「事理明白」という制約です。厚生労働省の労使協定による賃金控除に関する通達(平成11.3.31基発168号)を紹介します。

(労基法第24条)第1項ただし書後段は、購買代金、社宅、寮その他の福利、厚生施設の費用、社内預金、組合費等、事理明白なものについてのみ…労使協定によって賃金から控除することを認める趣旨であること。


労使協定で決めさえすればなんでも控除できるというものではなく、社会的に認められる範囲=「事理明白」な範囲で決めなければなりません。  

制約の第二は、控除できる金額の限度です。
労働基準法第24条の規定そのものには控除額の限度は定められてはいません。
しかし、民法と民事執行法による私法上の規定の限度が定められており、その限度を超えて「使用者側から相殺することはできないとされているので留意されたい」(昭和63.3.14基発150号)と通達は指摘しています。

〔民法第510条〕債権が差押えを禁じたものであるときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。
〔民事執行法第152条〕次に掲げる債権については、その支払期に受けるべき給付の四分の三に相当する部分(その額が標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分)は、差し押さえてはならない。
…二 給料、賃金、俸給、退職年金及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る債権



判例で認められた相殺の範囲

 
以上は、法律及び通達等による賃金控除の定めですが、これとは別に、判例上、認められているものがあります。
第一は、使用者による調整的相殺、第二は、合意的相殺です。もちろんこれらにも一定の条件があります。
調整的相殺とは、給与の過払いなどがあったときに翌月など隣接した月に、過払い分を控除することです。
半年や1年後などあまりにも離れた月の調整は認められません。また、調整額も常識的な範囲に限られます。

合意的相殺とは、使用者と労働者が合意したものについて給与から控除することですが、最高裁はその「合意」について、あくまでも「労働者がその自由な意思に基づきされたもの」に限り認めるとしています。
形式的に合意文書が取り交わされても強制的にサインさせたような場合はこれに該当しません(日新製鋼事件、平2.11.26)。
 

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