労使トラブル110番

賃金債権との相殺はどこまで許されるか?


Q
弊社は賞与の前払い方式をとっているのですが、賞与の算定対象期間の途中で退職した従業員がいます。
約1ヶ月分の賞与を返還してもらう必要が生まれたため、退職月に支払う給与から、過払い分を相殺する旨通知したところ、
労働基準監督署から「労働基準法第24条に違反しているのではないか」と指摘を受けました…。


A

賃金全額払いの原則


賃金の支払いは、労働者の生活を安定させるという趣旨から、所定期日に所定賃金を全額支払うのが原則とされています。
これを賃金の全額払いの原則(労働基準法第24条第1項)といいます。

この原則からすれば、基本的に賃金から何らかの金銭を控除することは禁止されることになります。
この例外として認められているのは、
①法令に基づくもの(税金や雇用保険料、社会保険料などの源泉控除)と、
②労使協定により定めのあるもの(労働組合費や社宅費などの例)に限られています。

そこで問題となるのが「相殺」です。
使用者が、労働者に対して有している何らかの債権をもって、賃金債権と相殺することができるのかということです。
相殺とは、ある人に対して負担している債務を、その人に対して有している同種の債権をもって、対等額で消滅させるとの意思表示を行えば、その分減額されるという民法上のルールです。

では、賃金債権の相殺を認めることはできるのか、賃金の全額払いの原則に違反しないのかということが問題になってくるわけです。
監督署が指摘しているのはこのことです。

相殺禁止の原則


相殺は一方的な意思表示で行うことが可能な制度です。
もしこれが許されるとするならば、使用者がいったん相殺をすると労働者は事実上泣き寝入りせざるを得なくなります。

関西精機事件は、会社による「従業員の債務不履行による損害賠償請求を有しているのだから、それと給与とを相殺する」として一部給与を未払いとした措置をめぐる事件です。
最高裁(昭和31.11.2)は、賃金の全額払いの原則は、使用者による賃金債権の相殺禁止の原則も含まれると判断し、使用者による賃金債権の相殺を無効としました。

相殺の合意があれば可能か


こういう一方的な相殺ではなく、使用者と労働者とで賃金債権と他の債権とを相殺することを合意していた場合はどうでしょうか。

最高裁は、仮に相殺合意がある場合でも、その合意が労働者の自由意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在する場合に限り、全額払いの原則には違反しないとしています(日新製鋼事件平成2.11.26)。

形式的な合意があったとしても、それが使用者から強要された場合など、労働者の自由意思に基づくものではない場合は、やはり賃金の全額払いの原則に違反し無効となります。

調整的相殺とそれが許される範囲


ご質問のケースの場合は調整的相殺とみなされるかどうかが問題になると思われます。
よくあるケースとして、ある月に賃金を間違えて支払過ぎてしまった、その支払過ぎた部分を翌月の賃金から差し引くことがあります。
調整的相殺といわれていますが、法律的にいえば、支払過ぎた賃金の不当利得返還請求権と賃金債権との相殺ということです。

調整的相殺であれば何でも構わないのかというとそうではありません。
①時期、②方法、③金額などからみて労働者の生活の安定をおびやかすおそれがない範囲であれば、全額払いの原則には違反しないとされています。

福島県教組事件での最高裁(昭和44.12.18)の判断の概要を紹介します。

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1.給与過払いによる不当利得返還請求権を自働債権とし、給与の支払い請求権を受働債権とする相殺は、時期・手続・金額等の点で、労働者の経済生活の安定をおびやかす虞がない場合には、労働基準法24条1項の規定に違反しない。
2.過払いのあった時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期にされ、かつあらかじめ労働者に予告されるとか、その額が多額にわたらない等(が必要)
(このケースの場合、940円の過払い額で、返納を労働者に求め、求めに応じなかったので翌月分から差し引いたというもので、有効とした)
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以上の判断基準を参考にし、賞与の過払い額が多過ぎないか(調整的相殺の範囲内か)、
また、手続きとしても返納に応じなかった場合に、いったん給与を全額支払って、別個に返還を請求するというやり方をとった方がいいのかなどご検討ください。

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